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神秘的な吟醸香と高貴な味わいが一瞬にして広がる蔵の最高峰!蔵元の熱い魂が詰まった業物![産直新潟県]大吟醸【笹祝 入魂の技】(ささいわい にゅうこんのわざ):1800ml[桐箱入り]【日本酒】【ギフト】【プレゼント】【ランキング】【楽ギフ_包装】≪蔵元取り寄せ商品≫

スタッフ感想01透明な色味で、瑞々しく香りはフルーティでラムネっぽい。とても綺麗な味わいの淡麗辛口。しかしながら口当たりは甘く喉通りは程よく苦く。甘味、辛味、酸味、苦味とバランスが良く久しぶりの美酒だと思いました。豆腐と合わせてみましたがとても相性が良く、油を使った料理やお肉などとはお互いの味わいを引き出します。 新潟市西蒲区松野尾(旧松野尾村)。 潮風が漂う海に面した弥彦山と、それに連なるようにしてそび立つ角田山、そして日本海と三つの自然に囲まれた地に笹祝酒造はございます。創業は明治32年。当初は“笹口醸造場”と称していました。 由来については「笹(ささ)」というのは酒の別称でもあることから、また「酒」と書いて「ささ」とも読みところからきております。他にも、かつてはお酒を勧めるときの「ささ,どーぞ」などと声を掛けたこと,酒を竹の器に入れて運ぶという風習もあったことが由来となっています。蔵がある西蒲原地域は、新潟県の中でも良質な米が大量に穫れることで有名であり、はるか昔より、米や野菜を中心とした農業が盛んで、また、海にも近いため、毎日新鮮な魚介類が街道を運ばれて来ておりました。このように新鮮な農作物や魚介類に恵まれた土地柄でしたので、旧北国街道沿いに蔵を構えた笹祝の地は流通の要所となっておりました。 初代蔵元・笹口岱作の妻マカは街道に面した現在の地で“おマカ茶屋”を経営しておりました。その茶屋では、お酒が飛ぶように売れていたと言います。そこで宮大工をしており、酒造技術も取得していた岱作は、酒造業を営むようになったといいます。 岱作の酒造業経営は軌道に乗り、酒造業を早めに二代目の友作にまかせた岱作は、趣味である絵を書いたり、地域の地図を作成したりして、悠々自適の暮らしをしていたようです。二代目・友作は、若きより酒造業に打ち込む他、味噌・醤油の醸造、漬物の製造、材木商い、養豚等を行い、才覚を発揮し財を成したそうです。 三代目・浩一郎は、大学で学び、家業を継ぎ、新潟県酒造組合の理事として、又、巻支部長として活躍をしておりました。特に戦後の混乱期にあって大きな苦労をしたようです。四代目・ナカは、夫の浩一郎が50歳で早世した為、社長に就任し、永年に渡り会社発展の為に貢献して来ました。 現在、五代目蔵元・笹口孝明は、昭和45年、大学を卒業するとすぐに家業に入り、専務取締役として活躍していました。地域の歴史や環境問題に興味を持っていましたが、地元巻町で原発建設問題が起きた為、巻原発建設の可否をめぐって、住民投票運動を起し、「巻原発・住民投票を実行する会」の代表となり、“自主管理の住民投票”を実行し、その後、巻町長を二期勤めました。 その間に、“全国初の住民投票”を行い、住民意思が原発ノーであった為、巻原発建設計画の白紙撤回に向けて尽力し、最後に計画の完全中止を確認した後、平成16年1月、巻町長を退任し、笹祝酒造に戻り、平成16年5月社長に就任しました。 笹祝酒造のお酒は、地元巻地区で圧倒的に消費されているため、県外では希少価値があります。長い年月指示されてきた理由は、時代に合わせて徐々に味を変えてきたことだと笹口社長はおっしゃいます。 越後杜氏の伝統の技を得た中で創業以来一貫して品質第一主義を貫き、努力研鑚を積み重ねきた笹祝酒造は、いち早く地域一番の名醸蔵となり、各種の品評会、利酒会等で常に上位に位置し、地域の皆様からも最も愛される酒蔵となっております。 まさに、“地酒中の地酒”と言われる所以です。 透明な色味で、香りはフルーティでラムネや瑞々しい果物の香りがします。 とても綺麗な味わいの淡麗辛口。しかしながら口当たりは甘く喉通りは程よく苦く。甘味、辛味、酸味、苦味とバランスが良く久しぶりの美酒だと思いました。豆腐と合わせてみましたがとても相性が良く、油を使った料理やお肉などとはお互いの味わいを引き出します。

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